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とある除霊師のお話。

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 私は、今日もビニール傘を差して見慣れた墓地をさまよっていた。傘に特に意味はない。だってもう私は死んでいるから。
「この仕事も九十九年目か……あと一年で百賀じゃん」
 私はこの墓地周辺で、さまよっている霊を成仏させる仕事をしている。別に、霊が見える特異体質を持ち合わせていたわけじゃない。ある、親切な黄泉の番人が、十九歳で自殺した私にこう言った。
「君はまだ若い。死ぬにはまだ早すぎる。だから、特別に、しばらくこの世にいれるようにしようね」
 そして私は、この職を与えられた。最初は手間取ったり失敗したりしたけど、今はもうほとんど失敗しない。今まで、たくさんの人を成仏させてきた。いろいろな人がいた。未練がある人、生きている家族が気になる人、死んでもなお憎悪に燃えている人……。私はもう死んでいるから見かけは死んだときから変わっていない。でも、心の面ではたくさん成長したと思っている。
「生きてたら百十八歳かぁ~。全く、信じられないな」
 フラフラと歩いていると、あたりを彷徨う半透明の少女を見つけた。足取りがおぼつかない。まだ亡くなったばかりなのだろう。
「ターゲット発見、だね」
 いきなり話しかけはしない。話しかけても、変に警戒されるだけだ。解決の糸口が見つかるまでじっくり観察して、何が少女の御霊をこの世に引き止めているのか調べるのだ。それから話しかけても、全然遅いことはない。
「やれやれ、手間はかけさせないでよね~私結構忙しいからね~」
 腰に手を当てて伸びをしながら、私はそう呟いた。

***

 一週間後、私はいくつかの情報を得ていた。もちろん自分では何も調べられないので、番人と連絡を取って調べてもらっていたのだが。少女は十四歳で、死因は交通事故、家族関係や友好関係は良好だった。
「憎悪とかはなさそうだね。安心、安心」
 霊体とはいえ、怪我はするのだ。憎悪に燃えた人たちはときに刃物を振り回すので、とても危険なのである。まあ、普通に生きているより体は軽いからよっぽどのことがない限り大丈夫なのだが。
「一回、声かけてみようかな」
 手間はかからない気がしていた。きっと、自分の死に気がついていないのだろう。一言、「あなたは死んでいる」と言いさえすれば、たぶんミッションクリアのはずだ。死ぬと生前感じていただいたいの感覚が失われるから、大体の人は自分の死に気づくはずなのだが、まあこの少女は鈍感なのだろう。
「あのー、もしもし?」
 声をかけてみたら、返事がなかった。近くまで行ってみると、少女が眠っていることに気がついた。
「あちゃー寝ちゃったか。これはまずいな」
 自身の経験だが、一度寝てしまうと起きるまでには一年くらいかかる。もちろん起こしてくれる人がいなければ、だが。一年も少女に付きっきりになるのは勘弁してもらいたい。けれど、私は、少女を起こすことができない。少女がそうであるように私だって半透明である。おどかしてしまうかもしれない。今から三十三年前も同じようなことがあって、起こしたために失敗してしまったから、起こすのは気が引ける。
「あーあ、面倒なことになった。まあ、しょうがない。起きるまで待ちますか」

***

 一年は、うざったいほどにのろのろと過ぎ去っていった。その間に、私の元には膨大な情報が押し寄せていた。それらはルーズリーフに綺麗にまとめられていたが、さすがに量が多いのか、幾枚かが閉じきれずに風に飛ばされた。
「全く。手こずってるわけじゃじゃないってあれほど言ったのに、『謎の解明がんばれよwwwww』とか、ふざけんなよ……情報はもういらないんだって……」
 きっと今も情報収集に忙しい番人のいる空の彼方をにらみつけつつ、届いた書類に目を通す。ぱらぱらと見ているうち、興味深い情報が目に留まった。久しぶりに、ちゃんと目を通してみることにした。
『資料元:観察 毎週お墓参りに来る男の子(清水聡史)は、毎回「せめて友達に戻れていたらな」と呟いている』
 はて、そんなこと言っていたかな……と、私は記憶を手繰りよせた。全く思い出せない。
「ちきしょう、思い出せねえええ!」
 ああとか、ううとか、解読不能な単語を呻きながら思い出していると、なんとタイミングのいいことに清水が現れた。嬉しい反面、いやな予感が募る。
「これは……も、し、か、し、て」
 心当たりがあり、すぐさま書類の、付箋の貼ってある紙を読んだ。
「清水くんが来る日付、バグらない程度にいじったから。自分でも呟いてるの確認してみ。あと、こういう大事な書類もあるので全てに目を通すように。どうせ暇なんだろ?」
「すいませんでしたッ心から反省しております」
 私は即座に土下座した。どうせ今頃、番人は業務を全うしながらひとしきり笑っているに違いない。

***

「今日は来るつもりじゃなかったんだけど……思い立ったが吉日、ってやつかな」
 清水はまずそう呟いた。本人に気づかれているということはバグが発生しているということだ。あとで言っておかなければならない。もっとも、既に上のほうからガミガミ言われているとは思うが。
「まあ……いつも言ってるけど、あの喧嘩のあとでこうして永遠に会えなくなったのは寂しい。うん……。どうしてこうなっちゃったんだろうね。しかも、寂しいとか思ってるのは僕だけだろうしね。全く、どうして人って死ぬんだろうね。もちろん生きている意味も見出せはしないと思うけど……人が死んだらその人の家族や友達は、取り残された感覚なんだよな。その人の声も聞けないし、顔も生前の写真とかでしか見ることができないし、二度と新しい思い出も作れないし……その人のいたコミュニティからその人が消えることで、なんというか、成分がなくなる、みたいな……。たとえば、そう、牛乳からたんぱく質や脂質が消えたら、その物体は牛乳ではない別物になるだろ? そんな感じなんだよな。だから、自分の周りの人のために死なない、みたいな……うん、僕はわからないけど、こないだの心霊部はそれが議題だったんだ。愛はどう思う?」
 私は、このあたりから聞くのをやめた。私の、少しの良心がものすごく痛んだ。私が死んだとき、残された母や父や、数は少なくてもいい人だった友達は、こんなことを思っていたのだと改めて気づかされた。
「もう、さっさと本題を言ってくれればそれでいいのに」
 無理やり笑って茶化したけれど、空しさだけが墓地を反響した。

***

 それから数日後、少女はやっと目覚めた。晴天の日だった。墓地に隣接した道には、喪服を着た人たちの行列ができていた。きっと、誰かが亡くなったのだろう。無事成仏することを祈りながら近くの木にもたれた。清水が来なかったらもうここでこの件を片付けただろうが、私は少女を成仏させるのがいやだった。なぜなら、少女と清水を仲直りさせたかったからである。清水の、少女へのあの言葉はそのあとも長く続いた。それで、すっかり清水に感情移入してしまったのである。
「それにしても、あの女の子、愛っていうらしいが、ひどいやつだ。全く。いくらイライラしても絶交とはひどすぎる……」
 私は毎日携帯している例のルーズリーフの束を力任せに地面にたたきつけた。なんでも、喧嘩の原因は勘違いだったらしい。少女は部活の、部員募集を真面目にやらない清水に腹を立て、清水は、少女のいないところでチラシを作ったりホームページを更新したりと仕事をしているのに怒られたのが気に入らなかった。そして喧嘩がはじまり、ついに少女は「もう、絶交! 部活もやめて!」と叫んだという。
「愛が一方的に悪いんだけどな、これ……」
 どうやったら少女に謝らせられるか私には全く分からなかった。清水の話によると少女はお嬢様育ちだったらしく、私にもかつてそんな友達がいた。が、その友達は絶対謝らないことで有名だった。同じタイプの人間だとは信じたくないがその可能性は高いだろう。
「あーわからんっ! どうすればいいんだああ!」
 そのとき、ふと手向けられた花が見えた。
「あれは――うん、いける」
 解決の糸口が見つかった。

***

「あ、聡史?」
 清水がお墓参りに来た日、少女はもちろん彼に気づいた。しかし少女は、そう言ったっきり黙りこんだ。それもそうだろう。少女は今清水と喧嘩しているし、それよりも何よりも、少女の声は清水に届いていない。
「あの、さーとーしー?」
 あの様子からして、やはり自分が死んでいることに気がついていないのだろう。
「話、聞いて! お願い!」
 そこで、少女はふと、悟ったような目つきをした。
「そっか。私たち、もう友達じゃないことになったんだっけ……じゃあ、無視されても当然だよね」
 どうやら、自分の言ったことも忘れていたらしい。私は一瞬、少女を成仏させるのをやめようかと思うほど激怒した。
「でもね、私が悪かったの、知ってるから。反省してる。本当に、ごめんなさい。今までずっと、後悔してたんだ。でね、せめて、友達に戻って、ほしいな……なんて、厚かましいんだけど」
 謝った。(私の中では)わがままお嬢様だった彼女が謝った。これは、私にとって嬉しいことだった。
「ねえ、」
 ふと少女が清水に手を伸ばした。まずい。少女の手は清水をすりぬける。私はとっさに叫んだ。
「あなたはもう死んでいるわ!!」
 少女は振り向いた。
「なんですって!?」
「あなたは、もう、亡くなっているのよ。ほら、私、半透明でしょう。半透明な人が見えるということは、あなたも半透明だということ」
 少女は目を丸くして、下を向き、黙り込んだ。そしてしばらくの沈黙のあと、思い出したかのように叫んだ。
「死んでないっ! なんなら見なさいよ。生きている人間に触れたらいいわけでしょう?」
 そう言いながら少女は清水のほうに手を伸ばした。
「あっ!」
とっさに手を伸ばしたが遅かった。少女の手は清水をすり抜け、体は前のめりになった。
「助けて! こける!」
 しかし、この距離だと届かない。せめて顔を強打するのは見まいと目を閉じたとき、しゅるしゅるという音が聞こえた。
「蔓?」
 少女の体を蔓が覆っていた。それだけではない。少女を、清水からどんどん遠ざけていた。
「いや! 聡史と仲直りするんだから! 離して!」
 少女はもがいた。その顔は、痛みをこらえてゆがんでいる。どうやら蔓のトゲが刺さっているらしい。
「愛! 動くと余計に刺さるよ! いくら死んでいても、怪我はするものなの!」
 反射で私は叫んでいた。
「でもっ! 仲直り……!」
 そこで、ふと、気づく。解決の糸口があったではないか。
「愛! 清水聡史は、もう許してるの! もうもがくのはやめてこっちに来なさい!」
「嘘だッ! あんたなんて信じるもんか! 大体、あんたは急に出てきて私を死人呼ばわりして、それで仲直りをも邪魔するのね! 初対面のぶんさいで!」
「確かに初対面かもしれない、けど、私は嘘はつかないわ! 信じて!」
「うるさい! 何をしようと勝手でしょ!」
「ええ、勝手よ! でも、それで成仏できずに苦労するのはあなたよ!」
「だから死んでないって!」
「じゃあさっきどうしてすりぬけたのかしら?」
「っ……あんたの勘違いでしょ。あんたの目は節穴なの?」
「そっくりそのまま熨斗つけてお返しする! こけかけたのはどちら?」
 間を空けずに怒鳴っている間に、蔓は少女を完全にもとの位置に戻した。沈黙が続く。私は何もなかったかのように書類に目を落とした。

***

 沈黙を破ったのは、少女だった。少女は、傷ついた自らの手足をさすりながら、ボソッと呟いた。
「……何よ。……嗤えばいいじゃない」
「笑わないわ」
「偽善者」
「うるさいわね。そこのお墓にはあなたの名前が刻まれているし、それに、そこに手向けられている花を見なさい」
 少女は、私を一瞥し、
「見りゃあいいんでしょう」
お墓の前にしゃがみこんだ。
「名前は……あってるわ。花は、何? これは菊? 確かに菊はお墓に置くものだけど」
「花束の中」
 私は目を閉じて、短く返した。

***

愛へ
あんな形で、永遠に会えなくなってしまったのは、僕はとても悲しいです。僕は、喧嘩のことについてもう許しています。今も、ホームページは更新しています。命あることのありがたみを日々感じながら、部活しています。
追伸:部長と繭は付き合い始めやがった。リア充爆発しろ
清水聡史

***

 少女は、読み終わって、最後にクスリと笑ってからこちらを振り向いた。私には分からなかったが、何かおもしろいことでもあったのだろう。
「愛?」
「……はい、よく、わかりました」
 言うと同時に、少女の目からは一筋の涙がこぼれた。少女は、自嘲気味に話し出した。
「私が全部間違ってたんですね。もちろん、今のことも、部活のことも……。私、繭とはすごく仲がよかったんですけど、繭はずっと怒ってる感じだったんです。だから、部活内でいざこざがあるのかって聡史に聞いたんですけど何も言わなくて。で、ちょっと八つ当たりしてしまったんです。追伸で分かりました。私の懸念していた類のものは何もなかったんだって」
「つまり、勘違いだったわけね」
「はい。……あの、あなたは、死人の言葉を生きている人に届けることはできるんですか? 私、成仏する前に勘違いを解きたいんです」
 私は考え込んだ。もちろん、できなくはない。ただし、それを毎回しているとキリがないので禁止されているのだ。
 けれど、この件に関しては私は全力を尽くしたいと考えた。
「ええ、できるわ。そして……私ももう成仏するわ」
 きっと禁止令を破ったら私は職を失うだろう。けれど、もういい。もし生きていたなら私はもう百十九歳なのだ。死ぬのには若くない。もう、十分だ。
 私は、その言葉を少女の前で口にすることによって腹をくくった。
「じゃあ……おねがいします」
 私はすぐに清水を追いかけた。特別な操作によって、清水はいまから二日後、少女の言葉を知ることになるだろう。
 そう、少女に告げた。そして、続けて少女に言った。
「もう、いいかい?」
 少女は、今までのツンとした表情を完全に消し去り、ふわりと微笑んだ。
「もう、いいよ」
 私はその答えを聞くと、すぐに、帽子を頭上に掲げた。これは、成仏するための汽車を呼ぶ合図だった。
「愛。一回飛んでみ? 羽の使い方が分からないと向こうで苦労するらしい」
「は、はあ……」
 愛は言われるままふわりと宙に浮いた。普通に、何の支障もなく飛べている。しかしそれは分かっている。愛の意識を他のところに移すための細工だった。愛がふわりふわりと辺りを飛び回っている間に、私は丁度来た汽車に飛び乗った。そして、いつも持っている円盤型通信機の電源を入れた。
『番人、聞こえる?』
『お前、いいのか。もう成仏しても』
『あ、なんだ、知ってたの。ならいいや。私、もう十分だなと思ったの。だって生きてたら百十九歳だよ?』
『そうだな』
『でね、さしあたっては、愛を二代目除霊師にしてほしいなって』
『除霊言うな。除霊はニュアンス的に悪霊退散のイメージだ』
『はいはい、それはいいから。だから、そういうことで上に通しておいて。今から彼女、黄泉に送るからさ』
『わかった。が、お前、最後まで人使い荒いな』
『はいはい、一言多い。じゃ』
 円盤を汽車の中のレコード盤にセットし、エンジンを入れる。高音の歌声が聞こえてきた。
 二代目のことは、ついさっき決めた。私は今までいろいろな人を成仏させてきた。その最後を飾る少女が、二代目になるべきだろう。
「愛、行くよ」
「あ、はい!」
 愛が乗ると同時に汽車を思いっきり加速させた。ふと後ろを見ると、お墓に清水が来ているのが分かった。
「あの、咲実さん?」
「おっと、なぜ本名を知ってるのかはともかく、何?」
「実は、聡史の手紙、持ってきてしまったんですけどいいですか」
「あ、そのことなら構わないよ。愛はこれから私のあとを継ぐからね」
 愛はなんのことやらわからない、という顔をしていたが、それ以上私は何もしゃべりたくなかった。そして、これ以上下界にいたら成仏するのが怖くなるから早く黄泉に着きたかった。

***

「お、ばんに~ん! 愛つれてきた! ていや!」
 黄泉についてすぐ、黄泉の番人にドロップキックをかました。昔からよくやってきたが、きっとこれが最後だ。
「ってえ! クソ、お前覚えてろよ」
「残念ながら私は今日で身体を失くすので仕返しができません」
「なんだと! じゃあ今仕返す」
「無理だね! 川渡っちゃうから」
「番人はつり橋を上げ下げする権限を持っていたんだがもう忘れたのか」
「へんっ覚えてますよ」
「じゃあどうして川渡れると思ったんだろうな? ん?」
 久しぶりに番人と言い合いをしたら、楽しかった。思えばこの百年間、楽しかったのは番人とのこうした言い争いだった。
 やいやい言い合っていると、いつのまにか愛への、仕事の説明は終わっていた。
「咲実さん!」
「あ、できたらその呼び方やめて欲しいな~。呼びなれないし」
「えっと、じゃあ、先代。いろいろ、ありがとうございました。私、これからがんばります」
「あーはいはい、そう形式的なことはいいよ。これから何回も失敗したり、後悔したり、傷ついたりするし、何度も泣くと思うけど、それは全部愛の、成長の糧になるから、大切にするんだよ。あと、番人の言うことはちゃんと聞くこと。じゃないと、私が天から見ていて呪います」
「はい、肝に銘じておきます」
 そして愛はあっけなく下界に消えた。あたりには、生前どこかでかいだ優しい香りが漂っている。
「これは……バラ?」
 そうだ。私の家の庭に咲いていたバラの香りだった。そして、それに気づいたと同時に、以前まで使えなかった嗅覚が戻ってきていることに気がついた。
「番人、なんかわからんけど、バラの香りがする」
「お前そろそろいなくなるんじゃないの? 愛を呪うのは一向に構わんが、俺に支障がないようにしてくれ」
「それは無理かな~番人への嫌がらせには未練があるしね」
「お前な……」
 番人は、始終私と目を合わせなかった。きっと彼は彼なりに悲しがってくれているのだろうと思った。でももし十九歳で自殺して、そのまま除霊師にならなかったら、誰にも悲しまれずに死んでいたのだ。番人は、私の恩人だ。
「番人!」
 だから、照れくさいけどちゃんと言う。
「今まで、ありがとう!」
 ふとふいた春風が、バラの香りを運んでいった。番人はかすかに微笑んだ気がした。そして、再び吹いた春風に私の嗅覚も運ばれていく。唯一残っていた感覚と、意識とともに。


END